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〜ドレスショップ・ルネ お店まわりのみんなのいろいろ出来事日記〜
手に文字を書く
 昨日は久しぶりに「与太郎」(二番町と三番町の間にある居酒屋)に行った。同じ宇和島の出身ということで、昔はよく行っていたがしばらくごぶさたでした。本店は宇和島の「与太郎」というお寿司やさん。
 注文するとお店の人が、普通は伝票に書くのですが、ここの人は「手のひらに注文を書く」のです。一緒にいった人も、「あれ、手に書いている」と気がついた様子。

 宇和島の人は、手に文字を書く人が多いようです。
 このことを研究すると面白いかもしれない。

 東京から宇和島の愛媛女子短期大学に来られた杉原充志先生も、以前、愛媛新聞のコラム「四季録」に書いておられましたが、オーストラリアの生活が長かったそうですが、やはりオーストラリアで手のひらに文字を書いている人を多く見かけたし、

「宇和島に引っ越して間もないころ。ガスの開栓に来てくれたガス会社の担当者が拙宅の電話番号をさっと手のひらに直にメモして帰った。「似ているのは、形だけではないかもしれない」と、そのとき直感した。」

とその四季録にあります。(杉原先生のコラムは面白かったので、いまもファイルしてのけている)

 ▼関係があるところを見てみると、
 (1)オーストラリア出身のデニス(知り合い)もよく手に文字を書く。
 (2)四国とオーストラリアは地形が似ている。
 (3)宇和島の雰囲気とオーストラリアの田舎町の雰囲気が似ている。
 (4)終戦後、占領軍が来た時、中国四国地方はオーストラリア軍の
    担当だった。
    (オーストラリアの占領軍が引き上げる時に、兵隊さんと一緒
    にオーストラリアに渡った女性もいる)
 (5)宇和島は日本民法の起草者のひとりである穂積陳重や司法の独
    立で有名な児島惟謙の出身地でもあり文化の薫り高いところ。

 (6)戦前真珠貝採取で南予からオーストラリアに多く出稼ぎに行って
    いた。(「第二のふるさと」ノーリン・ジョーンズ著にくわしい)
 (7)戦前、松山出身の高須賀穣(ジョー・高須賀)がオーストラリア
    に稲作を紹介し、今のオーストラリアの米は、輸出では第10位に
    なっているくらいの主産品になっていて、日本生まれの米。

 などなど、愛媛とオーストラリアのつながりはいろいろあります。なぜ宇和島の人も「手のひらに文字を書く」ようになったのか、あるいは偶然なのか、興味深いものがあります。
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