〜ドレスショップ・ルネ お店まわりのみんなのいろいろ出来事日記〜
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
モンク 生オケ歌合戦
NEC_0025.jpg


NEC_0026.jpg


モンク 生オケ歌合戦は、今日で52回目だそうで、もう10年以上やっている計算です。年3、4回の予選と年末に決勝大会があるそうです。
もともと、亡くなった池田さんのお店カサノバ亭がやってた企画で、それを引き継いだ形。

FM愛媛の正岡省吾さん(たぶん)が司会でした。

聴いている人たちが二人を投票します。
2ドリンク付いて、2500円。出演者は、4人同伴すると、自分の分は飲み代がサービスされるそうです。

★モンク ライブハウス日記
http://monk3.exblog.jp/

スポンサーサイト
飯台
NEC_0027.jpg


ここです↓
http://www.mifunaya.jp/handai/access.html

お昼のランチを食べました。ボリュームいっぱいで、釜飯もおいしかったですね。

千舟町を114銀行から入ったところにも、別の名前でお店があるようです。

松山市の来住町というのを「きしちょう」と読むのだと、今日にして知りました。

★同伴者が予約してくれて、行ったのですが、帰りの車にお店から電話。「清算してないそうよ??!!」なおこさんが支払い担当だったのですが、レジ近くで、商品など見てて盛り上がっていたらしく、すっかり支払いを忘れて出てきたのだそうです。急いで引き返して、支払いを済ませました。もう少しで、食べ逃げになるところでした。

鉢植さん
わくわくパーティーでの出来事。

ダンスをする花屋さんに、出演する人への花束など何人かが頼んでいた。

当日会場で、「私が頼んだ花がないよ、忘れたの!」「ここにあるよ、鉢植さんと連名やろ」と、花束を持ってきた。「なに言いよるん、私は花束ではなくて、鉢植えを頼んだやろ!」
 え!、鉢植さんじゃなくて、鉢植えやったんかい・・・と話は弾んだわけです。

どうも、メモを取るときに、書いた『鉢植』を名前と間違ったようです。それにしても、本人は、かんかんでしたが、まわりは大受けでした。





踊る楽しみ
ランナーズハイのように何かに打ち込んでいる時の高揚感が、それを続けて行く支えになるわけですが、社交ダンスの場合も、音楽に合わせて男女2人で一体となって踊る時の高揚感があります。男女の身体の接点(コンタクト)で身体同士がおしゃべりをしながら、足・ももが絡む一体感を味わえるようになると、ダンスの本当の楽しみがわかる(らしい)。
まだ英明は、充分にそこまで達しているとはいかないけど、入り口あたりに居る感じです。 それぞれの高揚感、いい感じのアドレナリンが、人を楽しくさせるんでしょうね。まずは、いやでも自らを打ち込むことがいいのかもしれない。最初からいいことばかりはないわけですからね。
通信カラオケ
タイトーの家庭用通信カラオケを長年使ってきたのですが、BMBの通信カラオケに変えました。コマンダーが安くオークションに出ていたので、購入したのがきっかけ。

業者さんの話では、最近、曲数が増えるテンポが早いそうです。長く契約を休んでいたコマンダーだったり、暗証番号がわからないものは、メーカーに送り返して、最初からセットアップする必要があるそうです。うちのはぎりぎりセーフだったようです。ただ、コデンモクは新品だったので、登録にえらい時間がかかりそうだったので、持って帰ってもらって、登録してもらうことにしました。

最近は、ネット経由での新譜配信になっていますが、現状の一般電話回線の楽曲配信は、午前6時~午前8時までの2時間の間にされるそうです。

これを機に週一回のカラオケサークルをスタート予定。

▼カラオケ導入の基礎知識
http://www.juke.co.jp/
NEC_0028.jpg

パーセプション
BSジャパンのインタビュー番組で、村田製作所の社長さんが、パーセプションという言葉を使っていたので、調べてみた。

パーセプションとは「ものの見方」の事を言います。
個々人の認知・理解、価値観

パーセプション・ギャップ

パーセプションとは日本語で『知覚』のことです。

ブランドパーセプションとは、消費者がブランドをどう見ているかに関する状況測定調査であり、ブランドイメージで測定される質的な尺度といえます。

パーセプションとは、「敵の行動の先を読むことにより,その行動に対してより効果的な対処をするための仕組み」だそうです。
渡辺淳一・鈍感力
昨日は、渡辺淳一の講演会があって、予想以上に人が入っていたもよう。
わたしも行く予定だったが、通信カラオケを取り付けてたら、時間がかかって結局行けず。

渡辺淳一は、鈍感力。
鈍感を装う能力といった方がいい。
鈍感力という表現は文学的なレトリックである。

五木寛之が「他力」という本を書いてた。これも、レトリックであるが、
自分は何もしなくて、すべて他力に任せよというわけではなく、
自分ががんばれば、他力がついてくることもある・・・というわけである。

これら二つとも、あたりまえといえば当たり前で、そんな力を身につける
特別な技術的方法がある訳ではない。

どちらも生き方という抽象的な問題なのである。

なかなか人との絡みは、ダンスの絡みのように技術を磨いても、それだけ
では解決しないバリエーションの広さがあるわけである。

一番いいのは、鈍感力や他力に関係なく我が道を行く事である。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。