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〜ドレスショップ・ルネ お店まわりのみんなのいろいろ出来事日記〜
海外からのご注文
4881356070.jpg チャコットのカタログ、新しいのが来ました。お客さまからシューズのお問い合わせのメールがあって、そのあと確認のお電話がありました。どこからかと思えば、台湾からとのこと。エッ!と思ってお話をよく聞けば、こちらの会社から台湾の支店に行かれている方でした。
 少し特殊なシューズでしたので、こちらもオーダーを受けた経験が少なくて、チャコットに電話したりして、その内容をお知らせした次第でした。後で、連絡が欲しいということで、台湾に電話しようとするのに携帯からどうやって電話するのかわからなくて、104に電話して、「あの~携帯から海外に電話するのにはどうしたらいいんですか・・・」と聞くと、親切にその案内をする携帯電話会社のフリーダイヤルの番号を教えてくれました。そこへ電話して、「あの~、台湾に電話したいのですが・・・」と聞くと「WORLD CALL」の申請が必要とのこと、「今、ここでできますが、されますか」というので、「はい、お願いします」と、そのあと本人確認やらでいろいろ聞かれて、「5分後から使えます、番号のあたまに009130-010 を付けて国番号からダイヤルしてください」と説明を受けました。5分待ってかけると、無事電話のプルル~という音がきこえました。

 女性の声で、「○×△□・・・」と中国語とおぼしき言葉が・・・、あ、そうか相手は台湾だったと気がついたのが遅かったのですが、中国語は知らないので、たどたどしい英語で「I'm calling from Matsuyama. I'd like to talk to ・・・」とまで言ったら、その女性が、「日本語でいいですよ」と日本語で言われて、たぶん下手な日本人的英語であったのですぐにわかったのでしよう。それで、無事、お客さまとお話ができて事なきを得ました。

 まだお店はサインレスのクレジットカード決済の申請をしていない(近々する予定)ので、その会社の同僚の方が近々台湾に出張するそうで、その時に、持って来てもらうからというお話でした。商品が届いて、今日、その会社に届けました。その時に新しいカタログも一緒に来たので一部その方にもお届けしました。

 外国に出て、日本のテレビを見るとか、日本の商品が欲しいといった場合、日常なら忘れているような、いろいろな人とのより密度の高いつながりやサポートがあるんだなぁということに気が付きます。海外で暮らすと、人との関係、人の生き方や日本のことなど、いろいろ考える機会にもなるのだろうと、まだ海外暮らしのない英明は勝手に考えたりしています。 国内でも親元を離れて一人暮らしするときでさえ、地元のことや、親や友達、こちらで親切にしてもらった人の事など(自分も逆の立場だったら親切にしてあげようとか)、生き方も含めて考えさせられますが、海外で暮らすとなるともっとそんなことなども含めいろいろ考える機会になるんではないかと思います。

 知り合いの人から、「一万年の旅路 - ネイティヴ・アメリカンの口承史」という本を紹介していただき、さっそくアマゾンで注文しました。けなげに生きてきた人の歴史の一部が語られている感じがします。恐らく昔の人々も別の土地へ、その時代の方法でさまざまなつながりを持ちながら、少しずつ旅をしていったのではないかと思ったりします。

「一万年の旅路 - ネイティヴ・アメリカンの口承史」アマゾンのカスタマーレビューから
 ネイティブ・アメリカンの口承による歴史書です。彼らの先祖が(多分)アフリカの奥地から出発して陸続きだったユーラシア大陸を横切って、徒歩で渡れたベーリング海峡を経て五大湖のほとりにたどり着くまでの壮大な叙事詩です。 ただただ東を目指して進むという集団の意思に導かれての彼らの地理的な移動は、世代を重ね文化を発達させつつ生き延びるという彼らの時間的な移動とも重なっています。 旅の途中のエピソードで語られるのは、集団の中の個の尊重、周囲の先住民との共存のための模索、リーダーシップのありよう、などなど、現代の我々の興味の中心にある問題でもあります。それが、現代の我々の感性にも十分に受け入れられるかたちで描かれています。

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ブロードバンドれんたるビデオ
 最近は、とんとレンタルビデオ屋さんにも行ってないのですが、知り合いからインターネットで借りれる(見れる)レンタルビデオ? があるよというので、申し込みました。

 これまで、レンタルビデオの通信販売というか、見たいビデオの現物が送られて来て、見たら、宅急便で返却するといったサービスはありました。ブロードバンドのインターネットが普及してきて、ネットでビデオを見るということが可能になってきていますね。

 申し込みをしたのは、GEOというレンタルビデオ屋さんがやっている「専用チューナーをつなぐだけですぐ映画が見れる!!」というもので、申し込みをするとチューナーが送られて来て、スタンダードコースで、月500円と見た分の支払いとなります。リモコンも付いてて、ビデオをテレビにつなぐ要領で、専用チューナーにインターネットの線をくっつけてそれをテレビにつなぐだけで、見たいビデオが見れるというものです。一週間くらいでチューナーが届くようです。
▼GEO@チャンネル
http://www.geo-ch.tv/

 数ヶ月前に、アメリカのCBSが
 CBSは2010年までに利用世帯でブロードバンド(高速大容量)通信がCATVと衛星放送の合計を上回ると判断、今回のネット配信開始を機に「ニュースに関してはネットに軸足を移す」と明確に戦略を転換した。
http://it.nikkei.co.jp/business/news/busi_gyoukai.aspx?i=2005071309892ac
といった方針を出していたりします。

 日本でも、さまざまなブロードバンド映像サービスが試みられていますが、乱立、その後いいサービスのところに収れんするというパターンになると思われます。
TiVOというHDD録画機器と一緒になって、テレビ番組を自動的に番組表から検索し、デジタル録画を行うというサービスも始まろうとしています。
http://it.nikkei.co.jp/digital/column/functions.aspx?i=20050822el000el
http://www.tivo.jp/
 これから5年くらいの間に、さらにいろいろなサービスが出てきそうです。

『夜回り先生』水谷修氏の講演会が松山であります
 松山西ライオンズクラブ(事務局:089-913-1624)が「夜回り先生」水谷修先生を呼んで、講演会を開くそうです。

日時:2005年1214日(水)  開場5:30 開演6:30  参加費無料
場所:愛媛県県民文化会館 大ホール


 以下、案内文から

 教員生活のほとんどの時期、生徒指導を担当し、中・高校生の非行・薬物汚染・心の問題に関わり、生徒の更生と、非行防止、薬物汚染の拡大の予防のための活動を精力的に行っている。
 また、若者たちから「夜回り」と呼ばれている深夜の繁華街のパトロールを通して、多くの若者達とふれあい、彼らの非行防止と更生に取り組んでいる。一方で、全国各地からのメールや電話による様々な子どもたちからの相談に答え、子どもたちの不登校や心の病、自殺などの問題に関わっている。 その現場体験をもとに、専門誌や新聞、雑誌への執筆、テレビ、ラジオなどへの出演、日本各地での講演などを通して、子どもたちが今直面している様々な問題について訴えている。

著書もたくさんあります。最近のものでは、
「こどもたちへ − 夜回り先生からのメッセージ」 2005年8月 サンクチュアリ出版

 水谷先生は忙しいので、この講演会に来るのは約束してもらったけれど、東京から来るのか福岡からなのか、どこから来るのかいまのところはっきりしないと、この講演会の主催事務局は言っていました。

 松山の定時制高校に講演を聴きにきて欲しいと、この話を持って行ったら、ちょうどマラソン大会が予定されていた日だったそうですが(定時制なのでマラソン大会も夜)、そのマラソン大会の日程を変更して、授業として聴きにきてくれるようになったそうです。

 テレビでは何度か水谷先生の番組を見ましたが、直に話を聴ける機会なので行ってみようと思っています。みなさんもいかがですか。

関連ホームページ
 http://koubunken.co.jp/mizutani/main.html
 http://www.sanctuarybooks.jp/mizutani/

農業関連事業とビジネス
 愛媛県の宇和島市からさらに車で30分くらい南に行ったところに、津島町というところがあります。ここに今、苗の出荷で日本一を誇る(株)山口園芸があり、キュウリ、トマト、ピーマンなど果菜類を中心に数年前で、年間1,600万本の苗を出荷しているということでしたので、最近はもっと多いかと思います。

 昔は、野菜にしても、家庭菜園は別として、農家には「苗」を買って植えるという習慣がなくて、みんな「種」をまいて栽培をするというのが主流でした。ここの山口さんは、「苗」から植えたら農作業は楽になるだろうと思いつき、苗の生産を始めたのです。20年くらい前の話です。しかし、当時農家は種から育てるのが主流で、なかなか苗を買ってくれる人がなくて、夫婦でトラックに苗を積んで、全国を回ったそうです。そういった努力があって、現在のような状況になったわけです。
 同級生がここの親戚になるそうで、今は自分の印刷の仕事をやめて、この会社を手伝っています。

▼「小さな苗から 大きな実りへ」~愛媛発!農業ビジネス最前線~
http://www.smrj.go.jp/kikou/info/mirai/backnumber2003/003983.html
▼農林漁業の現場から 山口園芸
http://www.afc.go.jp/your-field/manage/2004-04-02/
▼山口園芸グループ
http://www.e-nae.co.jp/

 高知県の馬路村の「ゆず」も、最初は全国のデパートの特産品フェアなどをまわって販売していたけれど、5、6年ほとんど売上げは伸びなかったそうです。現在のようにブレークするきっかけになったのは、ゆずドリンクやゆず醤油などゆずの関連製品の開発と顧客データベースづくりだったようです。顧客データベースにたしか10万人くらい登録された頃から爆発的に売れ始めたそうです。数年前に30万人といっていたので、今ではもっと多くの顧客リストがあることと思います。
『「ごっくん馬路村」の村おこし―ちっちゃな村のおっきな感動物語』という本にそのあたりのことが詳しく書かれており、村おこしならびに起業するひとにとっては参考になるのではないかと思います。

▼ゆずの村・馬路村
http://www.yuzu.or.jp/
▼ようこそ馬路村
http://www.inforyoma.or.jp/umaji/

 料理を例に取れば、昔は魚ならまるごと買ってきて、家庭で料理していました。今は、切り身で売っていたり、刺身にして売っていたりします。野菜にしても、ネギなど刻んだ形でも販売しています。それが一歩進んで、総菜の形で調理済みのものも提供されており、家庭の奥さんも料理の一部分助かっています。
 上記の二つの例にもあるように、他の分野でも、加工済みの商品を提供する形態が可能なものがあるように思います。 調理済み食材を提供する「はなみずき食堂」は、それがもう一つ進んだ形なのかもしれません。
農作物の共同委託栽培・地産地消
 唐澤さんのブログ「唐澤塾」に「自給自足で晴耕雨網」が私の理想の生活 という記事が書かれています。日本には農地となるべき土地がそこそこあるわけで、時給自足の地産地消も可能ではないかという内容です。
http://karasawajuku.blog10.fc2.com/blog-entry-290.html

 松山で、それに近いことを実施しているグループがあります。発端はどうだったかまだ詳しく聞いていませんが、松山市の郊外に農業の好きな青年がいて、15家族くらいが毎月幾らかづつ出し合って、農作物を作ってもらっています。折々の収穫期になるとみんなでその畑に出かけて行ってバーベキューパーティーをしたりもするそうです。それとともに、ひと月に一回程度、一軒では消費しきれないくらいの農作物が届けられます。しかもとれたてで無農薬で新鮮なキャベツだったりじゃがいもだったりするわけです。
 これは松山の出版社の人が主宰しているのですが、わたしも参加を誘われていますけれど、自宅でほとんど料理をしない家庭なので、どうしようかと迷っているところです。

 農家の名前が書かれている農作物も出荷されたり、農家と直接取引する消費者もあったりするわけですが、こういった形で農家と消費者を結ぶコミュニティーができてもいいように思います。それをコーディネートするNPOとかどうでしょうか。

 魚は月に何度か、長浜の漁協や伊予市の漁協あたりで、一般消費者に陸揚げした魚を安く売る催しもあり、松山から買い出しに行く人もいます。海岸へ釣り竿を持って行って、数時間いれば、一家族の晩ご飯のおかずくらいは採れます。
 今頃はどういう状況かわかりませんが、大学生の頃、実家が御荘町にあったので、夏休みに帰省してる時にはよく釣りにも行きましたが、漁協から連絡があって、魚があまっているから、バケツ持って取りに来い、というので、それこそバケツを持って卸し市場へ行くと、漁船から魚が吸い上げられて、コンクリートミキサー車の後ろのコンクリートが出てくるトイみたいなところから、魚がどどっと出てくる訳で、「それバケツがちいさすぎらい」と言われたりして、それでもバケツに山盛り魚をもらって、重いなぁとぶつぶつ言いながら帰ったりしたことが幾度かありました。
 いい魚は地元では販売しなくて、都会へ回ります。その方が高く売れるし、販売のルートがあって、ある程度の量の提供が必要なわけです。

 地産地消を実現するには都会への出荷量を減らす、その前に都会への人の集中度を減らすしくみを作るあたりから始める必要があるかもしれません。それにしても、生まれたところの食べ物を食べるだけで、体内が活性化するという話も聞きますが、身体の成分バランスが自分が育った頃の昔に戻るからなのかもしれません。


スーパードクター福島孝徳と日本の医療
 あいテレビ(TBS系)9月23日(金)これが世界のスーパードクター・・・という番組をおばあちゃんに録画してもらっていたのを昨日見ました。
「神の手」を持つと言われる天才脳外科医福島孝徳先生の部分が強烈に印象に残りました。

 よく「手術ができない」から・・・という話をよく聞く。どういう条件で手術ができないと普通のお医者さん達は言うのだろうか。私には手術ができないけど、あの人なら出来るというケースはなかったのだろうか。この福島孝徳先生の活躍ぶりをみていると、他の医者がさじをなげた患者さん達を手術して直している。そんなにさじを投げる医者が多いのかと思ってしまう。

 これまでの伝統的な医療技術ではできなかったところを、彼は独自の手術器具や手法によってそれを可能にしている。 こういった新しい手法については日本ではなかなか取り入れられない。アメリカで評価を受ければやってみようかと、動き始める。悲しいことです。
 こんな日本人がいるのだから、日本のお医者さんたちも、患者さん達が希望が持てるよう、がんばってほしいものです。

 そんななかで、福岡和白病院の東アジア脳神経センターで、福島孝徳先生の指導のもと手術がされる方式を導入するというのは、うれしい話。この病院の増田先生のように、日本でもリベラルな考え方のできる方がトップに立てる環境ができてきつつあるようです。

 自民党の派閥が解体されるのと同じように、医療の閉鎖性の象徴でもある病院の系列や学閥、象牙の塔も関係なく、ほんとにがんばっている人達がじゃまされずに活躍出来るような環境になってほしいし、人の命を考えないで、えらそうにしているだけの人達が生き残れない社会にしたいものです。

福島孝徳先生や93歳にして現役の医師の聖路加国際病院理事長日野原重明先生も出演
ガイアの夜明け「名医を育てろ 〜伝承せよ!医の技術〜」9月27日放送
http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber/preview050927.html
http://www.bs-j.co.jp/gaia/

スーパードクター脳外科医福島孝徳神の手を持つ男
http://homepage3.nifty.com/primelife/fukushima.htm

「一発完治」神の手をもつ脳外科医 福島孝徳氏の姿勢
http://nyaopu.jugem.jp/?eid=162

福岡和白病院の東アジア脳神経センター
http://www.fw-eani.net/fukushima.htm
PCと組み合わせて 海外でも日本のテレビを視聴できる
 今日のニュースで、ソニーがカンパニー制を廃止すると言ってました。ソニーも改革真最中です。そのソニーが10月から発売する「ロケーションフリー」という商品はインパクトがありそうです。海外在住の日本人は90万人近くと言われていますが、海外に赴任しても日本のテレビ番組を見たいという希望は多いようで、中でも、小中学生の子供がいるご家庭では教育の為にも日本のテレビを子供に見せたいというのはあるわけです。
 それで、日本でこのようなサービスをするところが出て来たわけですが、私的複製の範囲なのか、著作権侵害になるのかグレーゾーンなわけです。
中でも「録画ネット」にはサービス差し止めの仮処分が出され、それに対して異議申立てを行なっている状態です。知り合いの人で個人的にそんなサイトを立ち上げていた人もいましたが、不安材料もあってやめた人もいました。

そういった状況の中で、このソニーの「ロケーションフリー」の発売は興味があります。海外在住の人達にとっては朗報でしょう。

▼PCと組み合わせて 海外でも日本のテレビを視聴できる“ロケーションフリー” 発売
http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200509/05-0905/
▼テレビ番組録画サービス「録画ネット」を巡る法的議論
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2005/05/20/7690.html
▼海外からも、日本のテレビ番組が観られる「録画ネット」
http://www.6ga.net/voices.php
産経新聞の電子新聞 ネットビュー 月額315円で
 産経新聞は、あまり世間では話題になりませんでしたが、これまでニュースビューという、紙面そのままをインターネット経由でパソコンから閲覧できるサービスをしていたのですが販売不振で今年3月に中止していました。ところが、今年10月から月額315円という低価格に設定し、システムや方式も新たにサービスを開始するというニュースが一昨日流れました。
くわしくはこちら↓↓
http://www.sankei.co.jp/netview/

 テレビ欄や株式欄はなくて、自分で印刷するか画面で見るのですが、ひと月315円という価格ならとってみようかという人もいると思われます。とは言えパソコンの画面上で紙面のイメージを見るのはややつらい気がします。モニターの解像度が上がって、拡大しなくても済むようになれば読みやすくなるでしょうが、詳しく読もうと思えば、印刷して・・・ということになりますが、20ページは少し手間だし、時間もかかるし紙もいります。縮小して印刷すれば見にくくなります。普通の人にとってはだんだんとそうすることが面倒にもなってくるのではないかと思います。

 一方、世界的な規模で新聞紙面のネット配信をしているニューススタンド社( http://www.newsstand.com/ )がありますが、ここは、Newyork Times が 8週(月-金)で20ドル弱と普通の新聞の値段になっています。日本語の新聞はいまのところ「世界日報」だけです。
ニューススタンドはPDF形式でパソコンにダウンロードして読む事ができます。

 朝日新聞や日本経済新聞は海外の提携印刷工場へ通信衛星経由で直接送信して印刷し通常の新聞の形で販売していますが、かなり高いようです。

 提供されるのは印刷された新聞ですが、「世界の主要都市で読売新聞が読めます」( 
http://www.yomiuri.co.jp/info/e_newspaper/ )と、読売新聞が宣伝しているのが、ニュースペーパーダイレクト( http://www.newsstand.com/ )というカナダの会社のサービスで、船舶、ホテル、書店などに設置されているプリントステーションで、50カ国、30の言葉、280紙のうちから選べて印刷された形の新聞を入手できるものです。一部200円~300円と思われます。
読売新聞以外に、日本語の新聞は、毎日新聞、沖縄タイムス、スポーツニッポンがこのサービスに参加しています。

▼沖縄タイムス http://www.okinawatimes.co.jp/com/densi20020531.html
 沖縄タイムス社が参加するときに、一番気になったのが、記事の内容についての訴訟だったとのこと。訴訟社会のアメリカで、名誉毀損などの訴訟を起こされた場合どうするか、といった懸念があったそうです。

 プリントステーションは、日本では、インターコンチネンタルホテル系列、青山ブックストア、旭屋書店、八重洲ブックセンターなどにあります。ニュースペーパーダイレクトのホームページで検索できます。

 テレビメディアは広告収入をメインにした通常のウェブページニュースの形を模索しているようですが、それらも含めて、これから5、6年で、どれが生き残るかあるいは併存していくのか、第一ラウンドは結論がでそうです。

 新聞の現在の形は印刷されてはじめてその商品の価値を発揮すると思われ、ディスプレー上ではウェブやブログの技術だったりデータベースやリンクやトラックバックなどが一緒に使えたりするネットの特性を生かした方法の方がなじむと思いますが、みなさんどう思われますか。
ニュースをネットで見るというのと、紙面のデータを送る手段としてのネットというのは別に考えた方がいいように思います。
郵便局の窓口改善策
02440.gif 荷物の発送に、松山中央郵便局が近いのでかなり頻繁に利用しています。郵政民営化が進もうとしていますが、取扱い窓口の効率化もお願いしたいところです。ゆうパックの料金体系が昨年の10月からこれまでの重量別料金がサイズ別料金になりましたが、大口顧客やコンビニ取扱いは重量別料金も可能のようですが、小口ユーザーも選択できるようにしてほしいものです。 ゆうパックのコンビニ取扱いについては、ヤマトががんばっていたのですが、郵政はヤマトのあとをまねしながら行っているようで、しかも虎の威を借りながらといった感じがあります。
このあたりのことは、こちらのニュースで。↓↓
▼コンビニ拠点数では逆転 ゆうパック
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kei/20050813/mng_____kei_____004.shtml

 郵便局でゆうパックを頻繁に利用する者として、郵便局にリクエストがあり、以下に書いてみました。
【郵便局の窓口で(特にゆうパックの受付について)こんなところは直したらいいのにと思う所】
(1)「いつ届きますか?」という質問は、荷物を窓口で出す人が聞く一番多いものでしょうが、窓口にはA2のサイズくらいの大きな配達先到着日程表が何枚か束ねてあるものがあり、窓口の人はそれを見て答えるわけですが、探すのにかなり時間がかかる地区もあり、その間次のお客さんは待たされることになるわけです。これは、パソコン一台あれば即座に答えがでると思いますがまだ設置されません。ロビーにも一台、到着日時のわかる検索端末を置けば、窓口での問い合わせも減ると思います。 特に外国に出す場合は、みんな結構待たされています。

(2)ゆうパックの受付が窓口の人によって違います。料金後納だからというのもあるのですが、日付スタンプのみ押す人、日付スタンプを押して、受付日付、到着日付を書く人、料金もサイズも書く人、配達時間指定のラベルを貼る人、貼らない人、後納のスタンプをその場で押す人、押さない人・・・とさまざまで、出す方としてはちゃんとやってくれるのだろうかと心配になります。
 その点、宅急便を出す時は、記入する項目も少ないですが、不安に思った事はありません。宅急便の場合、いつものお兄ちゃんという安心感もあります。

(3)中央郵便局は所帯が大きいせいもあって窓口の人が頻繁に変わります。それはいいとしても、能力差というか、ゆうパツクの受付に必要な知識を持ち合わせていない人が窓口の受付をしていて、時間がかかる場合を比較的多く見かけます。中には、こちらが、こうしてああしてと教えて上げる人もいます。

(4)中央郵便局は夜間受付窓口があって重宝しているのですが、日によってはお客さんの列ができています。最初は、夜荷物を出す人も多いなぁと単に思っていたのですが、ある時気がついたのですが、受付担当が特定の人の時に夜間受付窓口に行列ができていました。気がついたのは私だけではないようで、前に並んでいた若い夫婦が「今日はまたあの人ね、てぎわが悪いのよね、かわいそうな気もするけど・・・」といった会話をしていました。こういった声は届いてないようです。

(5)ゆうパックの宛名ラベルを貼らないで持って行ったことが何度かありますが、窓口の人がさっと裏紙をはがして貼ってくれるのはいいのだけど、かなりまがって貼られる場合が多く、届いた相手はあまりいい気がしないだろうと思うわけで、あまりに斜めになっているので貼り直してもらったこともありました。
 これも、宅急便ではたいてい宛名ラベルは貼らないで置いておいて、宅急便の人が貼ってくれますが、まず斜めに貼ってとかで、気になったことはありません。恐らく、郵便局ではそんな教育が出来てなくて、宅急便の会社ではできているのだろうと思います。

(6)郵便料金後納をお願いに行って書類をもらうのに、あまり申請する人がいないのか、書類をさがすのにかなり時間がかかって6枚くらいの古びた用紙が出て来ましたが、一枚たりなかって、翌日郵送で来ました。必要な書類を4枚書いて提出したら、翌日郵便が来て、これも書いてだしてくださいとあって、また、持って行きました。
 郵便料金後納の場合、差し出す郵便の種類や料金を書いた用紙を提出用と控えの二枚出すのですが、その用紙も定まったものがなくて、あとで郵送してもらいました。自由フォームでいいとのことで、書きにくかったので直して使っています。
 このあたりも、受付方法を変えて、記録もICカードとかにすれば、お互いの事務量が減るのになぁと思っています。

(7)ゆうパックの中味の品名を書く項目がありますが、それまで空欄でも窓口では何も言わなかったのですが、一時、必ず書かないと受け付けてくれない時期がありました。それも長く続かず、今は空欄でもOKです。宅急便では品名は問われたこともありませんし、書く書かないは出す人の自由です。品名を書かないで発送してくださいといわれるお客さんも時々あります。

 郵貯を扱うところや、窓口の対応は銀行のモデルがあるせいか比較的満足しています。郵便局のATMは優れもので、振替用紙で振り込むのも楽ですが、装置が高額のように思います。これも汎用機で使えるようにすればと思います。
 市中にある小さな郵便局は一般商店のようになじみの顔の窓口なので、大きな郵便局とはまた雰囲気が違うと思いますが、そちらの経験はないので、松山中央郵便局事情のみです。

地上波デジタル放送とコピーガード
 来年の10月には愛媛でも地上波デジタル放送が始まります。 対応するHDTVや録画装置もこれからどんどんでて来て価格も安くなりそうです。テレビも含めてHDDレコーダやDVD録画装置をどうしようかと考えている人も多いと思われます。
 そこで問題なのは、ブルーレイディスクと次世代DVD規格が統一できないというのもあるのですが、いちばんはBSデジタル放送と地上デジタル放送に導入されているB-CASカードと「コピーワンス」の規制です。HDDに録画したものをDVDに書き込んだらHDDの中味は消えます。DVDコピーを失敗したら、その番組は消えてしまいます。まして、他の媒体にコピーすることも不可、ネットワークで他のパソコンに移すのも不可というのが現状です。
 アメリカでは、ブロードキャストフラグという無差別配信を防止するしかけがあったのですが、これも消費者団体などが勝訴し廃止となって、アナログ放送と同じくノーガードで放送されています。機器もそういった機能を組み込む必要がなくなっています。
そのあたりのアメリカの事情は、後藤貴子の米国ハイテク事情「ブロードキャストフラグ敗退。コピーフリーになった米DTV」をお読みください。長文ですが、日本とアメリカの違いがよくわかります。↓↓
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0517/high39.htm

 コピーワンスに関しては、
  審議会では、2011年のデジタル放送全面移行を推進するにあたり、「複製は私的録画の範囲内」という観点から、「コピーワンスの現行の運用を固定化する必然性はなく、私的利用の範囲で視聴者の利便性を考慮して運用の改善に関係者一体となって対応していくことが必要」と指摘。

 HDDレコーダの普及拡大にあわせて、アナログ放送のルールによるダビング/編集になれた視聴者が急増しているが、「こうした状況下で視聴者の不満を放置すれば、2011年に向けた受信機の普及にとって大きな障害があるおそれがある」とする。

 2004年4月からBSデジタル放送と地上デジタル放送に導入されている「コピーワンス」が見直されることとなった。29日に開催された総務省 情報通信審議会で中間答申が提出され、コピーワンスに関して、今秋より検討を開始、年内を目処に結論を出す予定が明らかにされた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050729-00000213-kyodo-bus_all
という状況で、総務省もさすがこのままではまずいと思ったわけで、今後、回数を制限してコピーが可能になると思われ、ネット配信などの規制も緩和される方向になろうとしています。

 ソニーのVTRが発売された時、テレビ番組のコピーは違法という裁判がアメリカで起こされたが勝訴したわけですが、そのVTRを開発したおひざもとの日本では、今度はガチガチのコピー不可の規制がしかれているのは残念なことです。年間1千数百万人の人達が海外にでかけ、いろんな分野で「世界のスタンダード」を見聞きしている時代なのに、日本はいつまでも「鎖国」に近い状況から改善されませんね。
 
 日本では、消費者団体や図書館協会などが、そういったことに関して動き出そうとはせず、ましてや訴訟にはならないのです。 日本の国のしくみを変えないといつまでも、「国民はもの言わぬ働き者」のままでいて窮屈さを強いられることになります。

 パソコンでテレビが見える機種は多くなっていますが、これも現状では規制があって、その規制をクリアできる機能を実装できないかもしれないそうで、もしかしたら日本ではテレビが見えるパソコンは無くなるか非常に高額になるかどちらかのようです。コピー規制緩和で状況はかわるかも。
▼迫りくるコンシューマPCの“2006年問題”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0210/ubiq97.htm

世界一長い真珠のネックレス
 宇和島を中心とする宇和海は、真珠の生産が盛んですが、宇和島市の隣町、北宇和郡吉田町にある株式会社「和興」のジュエリーデザイナー山本さんが企画した「世界一長い真珠のネックレス」づくりはニュースでも取り上げられていましたが、先日の杉浦さんとこの「踊れない人の為のダンスパーティー」で、思いがけず山本さんと会ってお話しました。

 今年の4月から始めたのだけど、今年の年末まで制作を続けて年末の除夜の鐘に合わせてギネスに申請しようかと思っているとのこと。申請する時は、それに携わった方の名簿も添えるそうです。今、「世界一長い真珠のネックレス」の記録(108メートル)を持っているのは三重県の会社だそうです。「世界一長い真珠のネックレス」というのはお金をかければ、誰でも作る事は可能でしょうが、山本さんの企画は、大勢の方が真珠を糸に通し、その通した人達の「人の輪」を作ることも作品の中に含まれるというところが違うとのこと。現在、もう世界記録は過ぎていて、300人くらいの方が真珠に糸を通していて、180メートルくらいにはなっているそうです。年末までにはもっと伸びるでしょう。

 この山本さんは、まだ20代前半で、若くて情熱家です。こんな企画を取り上げてくれた社長さんもえらいと思ったりします。彼は、特殊な製法で非常に薄い陶器も試作していて、特許だったか、実用新案だったかも申請中だそうです。そのほか多方面で活躍のようでした。「具体」を表現する嶋本昭三の展示会の手伝いにも行って影響を受けたといった話も聞きましたが、その方面は見識がないので理解も半分くらいでした。

 「11月には吉田町の会社でパーティーをしますので、その時来て、真珠を通してください」と誘われました。時間が取れれば行きたいと思っています。

嶋本昭三オフィシャルサイト
http://www.shozo.net/
ブレークダンスのルーツ
 先日、「踊れない人の為のダンスパーティー」に参加して、ダンスレッスンのあと、カポエラの太鼓音楽とサックスのライブがありました。太鼓といっても変わった形で、ツヅミを二周りくらい大きくし、縦に引き伸ばし、片一方の太鼓部分を取り去ったような感じのものです。もともとカポエラ(カポエイラ)は、アフリカからブラジルに渡ったもののようで、リズムはアフリカ系の感じでした。
 カポエラは、護身術など武術の一つで、音楽を奏でながら練習したりパーフォーマンスしたりするそうです。その彼が演奏後、カポエラの型をパーフォーマンスしてくれましたが、既にブレークダンス風でした。このカポエラはアメリカに渡りそこそこ普及しているようで、その彼もアメリカにカポエラを習いに行って、どちらかというとその音楽に興味を持ち、それを身に着けて帰ってきたそうです。
 中国からはカンフーがアメリカに伝わり、ブレークダンスは、このカポエラとカンフーが混ざって出来たもだそうです。確かに、空手でも音楽と伴にやれば、踊りとしても見栄えがします。

 一緒にサックスを演奏していた彼は、この日初めてセッションしたそうですが、なかなかよく合ってました。横浜でジャズに触れて、感動し、ジャズのサックスを始めたそうで、大学卒業して、こちらが田舎なので、こちらに帰ってきたそうです。松山市内でも演奏活動を始めているようなので、楽しみです。

とりあえず、カポエラの参考サイト。
▼アバダ・カポエイラ(カポエラ)東京
http://www.abadatokyo.com/japanese/
▼トウキョウダンスマガジン
http://www.tokyo-dance-magazine.com/column/capoeira/
古民家の居酒屋
rakuami.jpg 日曜の夕方、晩ご飯を食べにでかけました。昔の定食屋さんのようにおかずを選んでお盆に乗せてというスタイルの現代風定食屋の「はなみずき食堂」へ行ったらさすが、外まで行列ができていたので、あきらめて久米のお好み焼き屋さんに向けて方向転換。椿神社の参道を抜けて、国道11号線近くに来たところ、見かけない食べ物屋さんとおぼしき店があったので、駐車場に車をいれて看板をみてみるけれど何も書いてない。食べ物屋さんの雰囲気はあるのだけれど、鉄板焼きか和食屋かラーメン屋かわからず、聞いてみようかと車を止めていたら、ちょうどそのお店に入ろうとする人が来て聞いてみました。「飲めるし、食事もできて、いい店ですよ」とのこと。どちらにしてもはっきりしないけど、その建物のたたずまいにひかれて入ってみることにしました。

 中は、古材を利用して古民家風に建てている居酒屋さんでした。こんな郊外だから、居酒屋さんとは思わずでしたが、中の造りが昔の家風で、床板も古材をそのまま使ったりしてなかなか雰囲気がよかったです。

 日曜ということもあって、お客さんが多く、料理がでてくるのに時間がかかりましたが、それなりに退屈せずのんびりした雰囲気でビール飲んでお食事しました。
近くの方はお試しあれ。

楽阿弥(らくあみ)
松山市来住町 089-905-2680
年中無休のようです。
夜11時まで
家庭用精米機
 食べ物は“全体食”がいい、つまり、まるごと食べるのが栄養のバランス的にもいいわけです。お米にしても、玄米のまま食べればいいのですが、さすがに、味の面もふくめて抵抗があります。

 お米は、田舎のおばさんや大阪の友達など作っているところから玄米のままいただくことが多く、最初は近所のお米屋さんに少しずつ精米してもらっていました。あるとき、おばさんにその話をしたら、「今頃家庭用の精米機でいいのができてるよ」と教えてもらって、さっそく購入しました。ごりごりと石臼で挽いているような音がします。いろいろやってみましたが、われわれには5分つきくらいがちょうどいいようです。胚芽も付いてておいしそうな感じに仕上がります。これは少し前の話ですが、最近、テレビショッピングで精米機を売っていたので、思い出しました。
 最近の機種は、無洗米に仕上がる機能のあるものもあるようです。
 
 もっとも最近は、外食が多いのであまり活躍の場がありませんが、また、思い出して、使ってみることにします。
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ZOJIRUSHI 家庭用精米機
(アマゾン・ホーム&キッチン)
わかりやすい説明書 & e-Book
 ヘナの説明書をなくしたので、使い方を説明して欲しいという電話がありました。東南アジア系の方と思われるアクセントの日本語でした。使う分量や溶かす時の柔らかさ、放置時間などを説明してわかっていただけたようでした。その人が、「最初に説明書を読んだ時にわかりにくかったよ、市販の白髪染めはその点わかりやすいから、もっとわかるように書いてね」と言われました。確かに、大部分文字で説明しているので、特に外国の方にはわかりにくいとは思います。もっとイラストを入れたり、文章を短くわかりやすい形に変えてみようかと思っています。

 最近は外国の商品にきちんとした日本語の説明書が付いていますが、30年くらい前は、輸入商品の説明書の翻訳がほとんど日本語になってなかったものが多かったです。日本語としてこなれているという前に専門用語の翻訳間違いが多かったです。そのころは技術的文書を翻訳できる人、つまり技術力もあって、英語も出来て、きちんとした日本語が書けるという人が少なかったのが主な原因と思われます。その頃は、「日本語訳があるだけでもありがたい」といったレベルだったように思います。今でも覚えているのは、デジタル用のICで、インバーターという回路(1が入力されたら0を出力し0が入力されたら1を出力する回路)が6個はいっているものがあるのですが、その説明に「6つの交流変換機を内蔵し・・・」と訳されていました。小さなICなのに大きな直流-交流変換機が入るわけもないのですが・・・。

 今どきは翻訳してある技術系の説明書も文章が日本語らしくなっているのが普通になっています。PA(音響)業界では新規参入ですが、コストパーフォーマンのいい商品の販売を始め価格破壊を引き起こしているベリンガーというドイツの会社があります。音の世界もいい音と価格は比例しているので、安いのはダメやと、最初は一流の人には相手にされなかったようですが、最近、「結構使えるじゃない」ということで、初級・中級クラスの用途に利用されはじめています。このあいだその会社のシグナルプロセッサーを一つ購入しました。
 その説明書を見て、昔の「6つの交流変換機を内蔵し・・・」を思い出したのですが、原文がドイツ語というのと、PAに関しての知識を持っている人でドイツ語もわかって日本語もきちんと書ける人が少ないというのも理由の一つでしょうが、翻訳がほとんど直訳で日本語としてこなれてないのです。ほんと、「・・・もっとわかるように書いてね」と言いたくなります。特定業界向けの商品ということもあったり、急速に多様な商品を発売したせいもあるのですが、次の製品あたりからはまともになることを期待します。

 マッキントッシュも初め頃のアプリケーションには日本語訳すらないものもあり、英語で説明書を読みながら、がんばったことがありました。こんな環境なら、みんな英語も自然と出来るようになるのかもしれません。東南アジアの人達が英語がけっこうできるのも現地の言葉になっていないものが多いからなのかもしれません。どちらにしろ、英語ができると世界が広がりますね。

▼ eBook

 自分があるテーマについて書いたものを通常「本」にして出したりするわけですが、英語圏では、まとまった内容をPDF(E-book)にしてネット上に登録し、ダウンロード販売するというのが一般的になってきています。【例えばこんなサイト http://www.buy-ebook.com/ 】eBookを作る為のツールもあるようです。

 ものによっては(お金儲けのテーマに人気があるようです)かなりの収益をあげているものもあるようです。日本でもコンピュータソフト、音楽、コミック、本などどんどんダウンロード販売が始まっていますので、いずれ自分の書いたものをアップロードし販売するメジャーなサイトが出現するのではないかと思っています。まぐまぐ文庫もそのハシリかな。
 こんな時、英語が出来れば、マーケットは世界に広がりますので、今からでも英語に親しんでおくといいかもしれません。
 それにしても、『どうやってE-bookを売るか、私はeBookで、一ヶ月に44万円($4000)手にした』とか、『アフリエイトで、女性が年間に4785万円($43500)稼ぐことができる方法について』などお金儲けのハウトゥものが多いのはいずこもおなじかも。
サラリーマンのリタイア後の年賀状の数
 文学にうとい(一般知識にうとい?)私は、青春というのは、「青春、朱夏、白秋、玄冬」というセットの一つだというのを最近まで知りませんでした。青春の中にいる時には青春の良さをよくわからず恩恵を享受せずに来てしまったように思います。今度は、人生後半うまく過ごせるでしょうか。

 さて、自分が興したのではない会社の社長さんをリタイアされた方ですが、年賀状を在職中は600枚くらいもらっていたそうです。それで、退職したのだから、300枚くらい用意しとけばいいかと思っていたところ、実際に年賀状が来たのが150枚くらいだったそうです。個人的活動をされている方は別として、サラリーマンは思った以上に会社の看板で付き合いをしているところが多い訳です。

 友達のいる会社に某官庁リタイア後のいわゆる天下りで副社長として来た人がいました。出身元の官庁とのパイプがあってこそのその人の役割だったわけで、仕事にもそれなりに役立っていましたが、一年経ち二年経つと次第に出身元官庁とは行き来も少なくなり、三年目にはほとんどその威光も色あせてしまったそうです。その頃、次期社長にという話があったそうですが、そんな経験から自分への期待を実現できないと思い、その人は社長就任をことわったそうです。

 平均的にサラリーマンが退職すると、退職後2年くらいまでは、元の会社の社員たちとの飲み会があったり行き来があったりするわけですが、それを過ぎると徐々にそういった交流も減っていくそうです。そのあたりは想像に難くないですが、最終の役職の位が高かった人ほど、普通の人にもどるのに時間がかかるそうです。役職の位が高かった方は、注意されたり指示されたりするのをいやがる為に、習い事を始めるのもままならないようで、奥さんと一緒にダンスを習ったりするにしても、たいてい男が注意されるので、これも長続きしない、といった状況だそうです。

 先日もリタイア後ご夫婦でダンスを習い始められようとしている方がおられて、ダンスの先生に「主人は注意されたり、叱られたりするのが嫌なので、そんなのなしで教えてください」と奥さんが言ってましたが、先生は「うーむ、それは難しいね」と返事していましたが、さてどうなるでしょうか。

 福沢諭吉が「一生を通じて出来る仕事がある人は幸せです」といっておりますが、現代風に言うと、「人生長く生きるようになったから、一つの仕事を済ませたら、次の夢中になれる仕事を探してがんばれる人は幸せです。そうすることによって、こころの安定を得られます」といったところでしょうか。

 とはいえ、まだまだ終身雇用を前提とした日本のサラリーマン社会で過ごしているリタイアが近い人達に、「次の夢中になれる仕事を探せ」といっても、自らの為に食い扶持を自分で探した経験がないものにとってはその意識を持とうというだけでも異次元の経験になるわけです。まあ、そう難く考えなくてもまずは自分のやりたいことを紙に書き留めて考えてみたり、友達とそんな話をしてみるところから始めるのがいいかもしれません。


海外在住者の投票
 日本でもやっと海外在住の日本人が国政選挙で投票できるようになります。昨日のニュースで流れていましたが、1998年4月まではまったく投票ができなかったのが、比例代表のみOKとなり、今回やっと選挙区選挙も投票できることになります。訴訟を起こされた方々に感謝します。

 もう日本に来て15年くらいになるオーストラリア人のデニスは、よく「選挙の投票用紙が送られて来た」と松山に来た頃から言ってました。その頃日本の海外在住者は選挙に参加できないというのを知って、なぜなのと、単純に思っておりました。

 やはり日本は先進国で行われている市民(個人)の権利をきちんとまもるということができてないわけで、これをひとつの契機として、個人の権利を大切にする市民社会に移行していって欲しいものです。

 ちなみに、オーストラリアの運転免許証は、クレジットカードと同じサイズと材質で、デザイン的にもかっこいいです。それと、本人の血液型と臓器提供の意思表示(OKかNGか)が明記されています。事故の時の対応が即座にできるようにとの配慮です。日本でも取り入れられると思います。臓器提供にしても、もっと広まって助かる人も増えますね。

 なぜだか日本の行政は、中央にしても地方にしても市民を信用しないというベースに立っています。その為に、市民の自発的活動をも制限し一から十まで行政がかかわることになり、自主活動が育たなくて、行政経費がかかっているのが現状です。このあいだ行政に関わる人への研修会の模様がケーブルテレビのローカル番組の中であり、そのなかで講師の方は「まず、市民を信用するところから始めてください」と言っていました。それを聞いて、これからは次第にその方向になっていって本来の意味でのNPOなども育っていくのではないかと期待した次第です。

 これは、恐らく儒教の影響が少し変形して、年配の人を敬うというところから、周りの人にかかわる、という形になり、いつまでも親は子供にかかわる、人の事が気になるということから発展して、行政も市民がちゃんとやれるかどうか気になりいつまでも市民のすることにかかわる、といったところから端を発しているのではないかと思ったりしています。
バレエダンサー 吉田都
一週間くらい前、夜中にテレビをつけたら、
英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルで、日本が生んだ世界のバレリーナ、世界で一番キュートなダンサーと言われている吉田都のロンドンでの生活やレッスン風景を紹介している番組があって、最後まで見入ってしまいました。(ハイビジョン特集 輝く女 「吉田都」 9/7(水) 0:30~2:30 NHK-BS)

 いちばん驚いたのはその普通の女の子の姿と謙虚な姿勢で、こんなに注目されているのにひとつもひけらかすところがない様子でした。
 マダムバタフライの公演とか見てると、外人さんが日本人らしく着物を着たり化粧をしたりしているけど日本人から見ると何か変に思うでしょ。それと同じく、日本人が無理に形だけまねしてバレエ踊っても、外国の人にはおかしく見えると思います。自分が感じるものを表していくということに心がけています。
と言っていましたが、ほかのことにも通じますね。

番組を見終わって、いいものをたくさんもらった感じになって、すごく安らかな気分でベットに入りました。

吉田都 公式Webサイト
http://www.yoshida-miyako.com/

彼女の本も出版されていますが、
MIYAKO―英国ロイヤルバレエ団の至宝・吉田都の軌跡
のアマゾンのカスタマーレビューには、
~気持ちが澄み渡って、力強さを感じるハッピーな一冊です。写真の中の都さんを見ていたら、正体不明の不安や悩みを笑い飛ばして、優しく背中を押される気持ちがしました。
といった風に書いてあったりして、読んでみたくなります。
地方で商売をする
 愛媛県は全国展開している企業が全国レベルで見ても比較的多いところです。ヤマキの花かつお、Zボイラーの三浦工業、伯方の塩、クラッカーのカネコなど今思いつくだけでも幾つか出てきます。

 そのなかの一つ三浦工業の人の話を聞いた事があります。創始者の三浦保さんは、奨学金給付事業を実施する三浦教育振興財団を作ったり、陶板画に打ち込むなど情熱的な方だったようです。今でもこの三浦工業は創始者の考えが引き継がれているように思います。

 ボイラーもコンピュータの世界と同じく昔は大きいボイラーを置いて分け合って使う方法が主流だったけれど、小さいボイラーを組み合わせて使うことで利用効率とランニングコストを下げる方法が導入され、三浦工業の小型ボイラーがヒットし利益を上げてきたわけです。
 しかし、現在はどのボイラーメーカーもそのような方法を取っており、ボイラーそのものの品質や価格もメーカー間でそれほど差がなくなってきています。 そういった中で、他社と差別化する為に、三浦工業が一番に心がけているのは、障害などで電話がかかったら他のメーカーより早く一番に駆けつけるということだそうです。製品の性能や価格がが拮抗している中で、がんばれるのはそういったお客さまへのサービスの点でしかないそうです。これは、他の業界でも言える事で、単に商品を売る事から、お客さまのことを考えた関連サービスをどう提供できるかということで差がでてくることになります。

 不思議なもので、それがわかっていてもがんばるところは少ないわけで、自然と差が付いて来ます。ソフトバンクの孫さんが言ってましたが、「がんばらない人が多いので我々は助かっている」と。

 何かを成し遂げた人へのインタビューで、苦しいことは無かったですかといった定型的な質問をしている記者がいますが、ひとつのハードルを超えて一つの世界を実現している人はそれなりのことをしてきた結果なんですよね。でも、はまり込んでやっているからわけだから苦しいもしんどいも気にならないし、普通の意味の(やりたくないことをして)「苦しい」とは違うわけです。

おこがましいが、三浦保さんの精神を見習って、いろいろ考えてみることにします。
~努力の最終目的は、心やすらかな幸せであることを忘れないでほしい~

三浦工業株式会社
http://www.miuraz.co.jp/
阿蘇のカントリーミュージックフェスティバル
pos_05_s.gif 熊本に「GOOD TIME CHARLIE」というカントリーミュージックのお店があり、昨年、熊本の友達のところを尋ねた時にたまたまそのお店に行きました。そのお店は、ウェスタン映画に出てくる酒場をもう少し現代風にリフォームしたような感じで、ステージがあってカントリーミュージックのライブも毎日やっているとのことでした。 その友達とお店のマスターのチャーリー永谷さんはよく知っている仲のようで、その日は時間も早かったせいもあってお客さんが少なかったので、私も混じって三人でたくさんお話ができました。ライブでは、私はいまいちカントリーの曲を知らなくてとんちんかんなリクエストをしてしまいましたが、その友達が助け舟のフォローをしてくれてたりして楽しい夜でした。チャーリー永谷さんの真っ赤で透明なプラスチックのカードに金色の文字で書いてある名刺をいただいて帰りました。

 聞いてみると、チャーリー永谷さんは、60代後半とのことでしたが、全然そんな風ではなくて、最初は我々より少しだけ上くらいかなと思っていました。
 ところが、この人とんでもないビッグな人で、九州はもとより日本各地や海外からも2万人を超えるカントリーミュージックファンが訪れる「カントリーゴールド」という日本最大のカントリー音楽の祭典(カントリーミュージックフェスティバル)を南阿蘇の熊本県野外劇場 『アスペクタ』で毎年開催している人でした。

カントリーゴールドオフィシャルサイト
http://www.countrygold.net/

 今年の「カントリーゴールド」は、2005年10月16日(日)に開催されます。行けない人には「カントリーゴールド」の模様は、例年、一ヶ月くらいのちにNHK衛星第2で放送されていますので、今年も11月中旬以降に放送があると思います。

 フェスティバルの会場である世界最大級の野外劇場「アスペクタ」は、大規模年金保養基地「グリーンピア南阿蘇」の中にあり、一連の行政改革の一環として撤退を表明し、一時期「アスペクタ」も閉鎖する話になっていましたが、チャーリー永谷さんたちの署名運動などにより存続の方向で動いているようです。
その辺りの様子↓↓
http://www.countrygold.net/aspecta/
グリーンピア南阿蘇・アスペクタ
http://www2u.biglobe.ne.jp/~g-grass/dekigoto2/greenpia.html

 チャーリー永谷さんとの話のなかで、「どこからおいでた?」「松山からです」「松山だったら、ペギースーというカントリーのお店があるから行ってごらんなさい」とすぐに松山のお店の名前がでてきました。

 熊本から帰って、しばらくたってから、チャーリー永谷さんのことを思い出して、松山の「ペギースー」というお店を尋ねてみようと思い探したのですが、はっきりした場所がわからなくて電話を入れました。説明を聞いてその場所近くの交差点でうろうろしてまだわからなかったので再度電話を入れて、「どこにいるん」、「古唐人館の前です」といった会話をしていたら、頭の上から声がして「ここや」とマスターが窓から身体を半分だして、手を振っていました。
 お店の中にはいると、壁にはカントリー関係のポスターや写真も張ってあって、チャーリー永谷さんの写真もありました。ここに来たいきさつやら、カントリーミュージックの話をしながら、お店の中をながめていると、古いジュークボックスがあって、どこかで見た事があるなぁと考えていたら、そういえば、知り合いの「よろず屋おーうち」の大内くんが、古いジュークボックスの修理で格闘したと聞いていて、その時みた写真と良く似ていたので、「大内くんって知ってますか」と聞くと、「ああ、そのジュークボックス直してもらったんよ」という返事でした。
 まあ、なんと世の中狭いです!。  いろいろつながっています。

カントリーのお店 松山 Peggy- Sue(ペギースー)
http://www4.mjnet.co.jp/e-komachi/g_detail.asp?k_telrn=0899322761&km_id=78
http://www.saloonpeggysue.com/

よろず屋おーうち
http://www.o-uchi.jp/
(お客様のページにPeggy-Sueがあります)



市民社会と部族社会
 自民党が圧勝して、小泉郵政民営化選挙も終わりました。 政治の世界も振り子のように今度は自民党側に振れましたが、どうも振り子の中央が偏っている感じもします。自民党に投票した人も予想以上の議席獲得で驚いて、次の選挙では振り子の反対方向への力に寄与するかもしれません。

 今回は、小泉さんのプレゼンテーションの勝利です。それがいいか悪いかは別として、目的意識がはっきりしてたのと一生懸命さのプレゼンが人々に伝わったのだと思います。岡田さんのプレゼンはパワーポイントで淡々と説明しているようで気持ちが伝わらず、小泉さんのように命がけで自分の生き方を表現し説明するという点で、負けだったわけです。
 人に説明し解ってもらうという時の、テクニックではない気持ちや命が込められたプレゼンができるかどうか、という点では、参考になります。

 一つの力あるところに群れ集う日本の政治や一般社会を考える時に参考になる話を聞いたことがあります。ホーム・アイランズ・セキュリティ協議会という国や国民の安全の為のシステムについて考えている NGO(非政府組織) があります。 (http://www.hi-sc.org/)
Home Islands Security Committeeは、社会における社会的安全に寄与するために、情報システムを中心とするセキュアドシステムについて、国際機関と協調して技術の発展と普及に貢献することを目的としています。 』という組織で、国連にも参加して意見を述べたり、国の安全と安心にかかわるシステムについて政府から相談を受けたりしている組織です。

 そのホーム・アイランズ・セキュリティ協議会の代表理事をされている唐川さんとお会いしてお話する機会が何度かあり、安全と安心は違う、ニューヨーク警察には9.11以降ミサイルが配備されたなど驚くような話をたくさんうかがった中に、日本は社会のしくみの点ではまだ発展途上国で、欧米のような市民社会には至ってなくて、まだ「部族社会」の状態にあり、人々は部族長を中心とする集まりの単位で行動し、部族に所属しないと生きにくいし、部族長の機嫌をそこねるようなことはやらない、といった話がありました。
 フラクタル的に、小さなグループから企業や国会にいたるまで、確かにこの話はあてはまると思いました。目から鱗(うろこ)の話でした。欧米のような市民社会になるにはまだまだかなりの年月がかかるのではないかとのこと。 それまでは、部族長の機嫌をそこなわないよう横目で見ながら、市民社会が早く来る事を夢見て言動するというパターンになります。 アメリカのカリフォルニア州にいる一色先生は、「あなたたちが批判的な事を言うとさしさわりがあるだろうから、私が言いましょう」と言っていただいたことがありました。

 青色発光ダイオードの中村修二さんは、松山の講演会でお話をうかがった時に「日本にいるときは、北朝鮮はひどい国やと思っていたが、今、アメリカにいて日本を見ると、日本はまさに北朝鮮や」と語気を強めて言ってました。聴衆の一人が、子ども達への教育のことで質問がありましたが、「お子さんにはアメリカで教育を受けさせてあげてください、日本はだめです」とも言ってました。

 なぜ日本はこんな国になったのだろうと思う時、徳川家康のことを思い出します。国の安定統治の為、一文盗んでも死刑といった厳罰で社会の安定を図ろうとし、それが成功していた社会であり、「お上」「おもんばかる」といった概念が人々の間に浸透していって、この長い徳川時代の間に、あまり考えない従順な国民ばかりフィルタリングされていったのではないかと思ったりします。

 このブログを書いていたら、先輩からこんなメールをもらいました。
今度の選挙を私なりに分析、また感じるのは「信念」ということではないかな。今回に限ってとしか言えないが、またそれがいいことなのか間違っているのか即断はできないけれど、小泉の「信念」が国民の投票行動を動かしたということは言えるでしょう。自民党圧勝と言うよりは、「派閥」終焉の選挙だったと見るね。これから日本、いや日本型選挙は変わって行くでしょう。もう2世、何の智恵もない候補者は受け入れられないでしょう。
デジカメと画素数
ph-001.jpg キャノンが来年イタリア・トリノで開催される冬季オリンピックで、キャノンのデジカメに限られるのですが、撮影した画像をサムネールを見ながら必要なものを日本で受け取れるサービス(無償)を提供するそうです。主にマスコミ関係、雑誌社などが対象のようです。
 マスコミ関係でも、光量が少ない時の再現性や周辺ソフトの対応の違いにより、ニコンからキャノンのデジカメに切り替るところが増えています。業界全体では、キャノンのシェアは6割を超えているようです。技術的にもですが、なによりもユーザーに一生懸命さが伝わり企業イメージを格段にアップしているところも原因の一つです。

 わたしもキャノンのEOS Kiss Digital(630万画素)を数年前に購入して使っていますが電池も長持ちするし撮影結果もいいので、そこそこ満足しています。最近、800万画素のEOS Kiss Digital Nがでたから今度はそちらが欲しいなと作戦をねっているところです。

 フィルムのカメラは50年前のカメラでも撮影出来るし壊れてもたいてい修理が可能ですが、デジタルカメラは数年単位で買い換えが必要ですね。一方では低い解像度でもいいという用途も多く、最近は中古デジカメ市場がにぎわっているようです。

 撮影する対象にもよりますが、35mmフィルムの画素数はデジタルデータに換算して平均的に1600万画素くらいと言われています。風景など細かい絵柄の場合は2000~4000万画素に相当し、ポートレートなどは800万画素でもOKといわれていますが、ここ数年で、一般市場のデジタルカメラの画素数もこの値を実現するものと思われます。そうなると、そんなに頻繁にデジカメを買い換える必要がなくなるかもしれません。

 ただ、デジタルは限界値を超えると単色のドットになってしまいますが、銀塩フィルムの場合は解像度を超えると不規則な粒子の集合になって、微妙な空気感、もやっとした感じ、遠近感、質感といったものは、理論的に置き換えられる画素数のデジタルの表現力よりか伝わるものが違います。これらの微妙な感覚表現は荒くデジタル化されるとはぎとられてしまいます。

 これは、デジタル化した音楽CDとアナログレコードの違いと似たようなところがあります。基本的にはアナログの無限の世界をデジタル化するには、まだサンプリング数が足りないということが言えますが、それを処理するパソコンやプレーヤー、データを保存する媒体の能力が整備されなくてはいけないわけで、デジタルがアナログと肩をならべるにはまだしばらくかかりそうです。それとともに、人間の感覚や感性も今のデジタル技術ではまだごまかしきれない状況ですね。

それにしても、フィルムの売り上げが減っているのは半端ではなくて、フジフィルムの場合3兆円の売り上げ規模で、昨年は400億円程度フィルムの売り上げが減ったそうです。印刷関係で使うフィルムなどはそのあおりを受けて17%程度値上げされるそうです。

 余談ですが、定価5、6万円のデジカメの工場出荷レベルでの利益は一台あたり、3000~4000円くらいという話を聞きました。
踊れない人のためのダンスパーティー
radadance.jpgインテリアデザインの会社をされている杉浦さんから、「踊れない人のためのダンスパーティー」の案内状が届きました。踊れない・・・だったらダンスパーティーにならないのじゃないの?と思われるでしょうが、大丈夫なのです。杉浦さんのまわり人たちから社交ダンスをしたいのだけど楽しく習える企画をやってよ、という希望があって、それでできたのがこのパーティーなのだそうです。さすがデザインの世界のお仕事をされているだけあって、パーティーの名前の付け方がいいです。
 ダンススタジオの先生に来て頂いて、パーティーはダンスレッスンからスタートするわけです。そのあと、習ったことを復習しながらのダンスパーティーとなります。今からそのパーティーの楽しい様子が目に浮かびます。

 ダンスパーティーも多いのですが、パーティーの主催者は演技発表やダンスタイムの場を提供するだけでなく、抽選会、バンド、他のジャンルのダンス・・・などいろいろ企画をしていて、次第にディナーショー付きダンスパーティーの様相になってきています。先日あったダンススタジオ主催のダンスパーティーには、その中で大学のチアガールならぬチアボーイのパーフォーマンスがあったりしました。徐々にダンスパーティーもレベルアップしていってます。

 数百人もの人を集める大きなパーティーもいいのですが、今回の「踊れない人のためのダンスパーティー」のように数十人くらいでわきあいあいとホームパーティーのようなダンスパーティーも楽しそうでいいですね。

杉浦さんの事務所です。↓↓  ブログも始められてますね。
インテリアデザイン ラダ
http://www.lada.co.jp/

行列の出来る法律相談所と穂積橋
 島田紳助の司会する「行列の出来る法律相談所」というテレビ番組ですが、法律や訴訟について視聴者にその知識を広めながらエンターテインメントな番組として構成されていて好感が持てます。ただ、訴えて勝つか負けるかあるいはいくら慰謝料がもらえるかといったあたりの話ばかりですので、裁判のあり方や法律のあり方などを笑いすぎて忘れないようにしたいものだと思ったりしています。

 何年か前に宇和島(愛媛県)で宴会をしたことがあります。場所はJR宇和島駅から近くの「穂積亭」という料亭でした。しばらくのちに、「穂積亭」の近くに「穂積橋」というのがあるでしょう・・・というきっかけから、次のような話を聞いて、ひとつまた勉強しました。

 宇和島出身で日本の法学会の先駆者として活躍し、「民法の祖」と言われていた穂積陳重(ほづみ・のぶしげ)という人がいて、法律の世界で活躍した人なので、郷里に銅像をという話が出た時に、私は「銅像となり仰がれるより橋になり人々に踏まれたい」つまり、みんなの下支えになるというのが法律に関わるものの心構えとしたいという意味合いだけど、そのあと今のところの橋の改修時に「穂積橋」と名付けられたそうで、その橋のそばにあるのが穂積の名前を取っただけだけど料亭の「穂積亭」なんよ。そんで、

 弁護士や裁判官など法律に関わる仕事に就く人達の多くが、その仕事を始める時に、先人の心構えに学ぶ為、また初心を忘れない為に大きな事件に関わる時などに、この「穂積橋」のところに来て、一礼したり拝んだり、目つぶって考えてみたりしているのよ。・・・

という話を聞いて、日本の法律の世界も捨てた物じゃないなと思いました。

 政治の世界にも「銅像となり仰がれるより橋になり人々に踏まれたい」といった先人の教えがあればいいのにと思う次第です。政治家達は少なくとも今よりか、そのことを胸に刻んでみんなの為の政治をしてくれるのではないかと思ったりしてます。

 それにしても、宇和島からそのような人が出てるというのは宇和島生まれとしてはうれしいことです。

▼穂積橋の写真があります。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/hozumi.htm
ジュエリーの展示会
kajimitsuo.jpg 高知の問屋さんから、来月松山で開催する展示会(ルネも参加します)の案内状がどさっと届きました。
 今回は松山全日空ホテルでジュエリーがメインの展示会です。
 梶光男、夏樹陽子などのジュエリーデザイナーも会場に来るそうで、なかなかホットな展示会になりそうです。その他コート、ウェア、ウィグ、バッグ、メガネ、オーダーニットなどの展示もあります。 会場に来るジュエリーデザイナーは、赤坂知萌子、夏樹陽子、山本真理、小笠原太華、梶光男、鈴木洋子、若林佐代子が予定されていて、それぞれのデザイナーズブランドの宝飾品の展示があります。

 1960年代末頃にはやった梶光男の「青春の城下町」は未だに ♪流れる雲よ城山に・・・と歌うことができます。歌手として活躍していましたが、芸能界から離れて、宝石鑑定士業やアンティークジュエリー販売を手がけ、今では日本を代表するジュエリーアーティストの一人として活躍し評価を得ています。最近はテレビの番組にもジュエリーアーティストとして出演したりしてるのを見かけます。
▼(株)カジ・インターナショナル
http://www.e-tkb.com/jewelry/designer/kaji.html


natsuki.jpg女優の夏樹陽子も最近ジュエリーデザイナーとして名前がでるようになってきています。
http://www.msi-mall.com/natsuki/

 以前の経歴から全く違う世界に入って仕事をするというのがごく普通にできるようになればいいですね。そう思う人が増えてきそうな気もします。野球選手はリタイアすると球団に残らなければ地元に帰って「居酒屋」をするというのや、相撲取りは「ちゃんこ屋」をというのが相場だったけど、梶光男のような転身には好奇心を刺激させられます。
 梶光男は人間的にも温和で人に信用される特質を持っていたようです。大橋巨泉的生き方も素敵なところもあるけど、もっとゆったりとしていて優雅な感じさえする梶光男の生き方の方が今となってはスマートかもしれません。

 展示会は少し先ですが、ご興味のある方は、案内状がありますのでお店まで。
  Grand Festa 2005
  日時:10月22日(土)10:00〜19:00 
  場所:松山全日空ホテル 4F ダイヤモンドホール

届かない荷物
 今日は、お店に届くべき3個口の荷物のうち1個が届かなかったので、発送元や運送会社に電話したりしてひと騒動ありましたが、結局松山の運送会社の手違いだったことがわかり無事発見できました。そのことで思い出したことがあります。

 少し前の話ですが、私が愛媛ネットワーク研究協議会の事務局長をしていた関係でメールをいただいてから知り合いになった方がいます。その方は日本のゼネコンの準大手のひとつ西松建設の香港支店に長くおられて、香港支店長を務められて香港新国際空港の建設も経験された方です。
 日本の大手ゼネコンは直接海外の仕事を取らなくて、ODAなど政府経由の仕事がほとんどだそうで、準大手の西松建設は直接海外の仕事を請け負うところに違いがある、と言われてました。香港新国際空港の建設時なども建設資材や人の調達を世界中から集めてくるそうで、その交渉は結構大変だけど面白いと言っておられました。

 その方は東京の出身ですが、子どもがいなくて退職後は夫婦だけで日本のどこか海が近くて魚がおいしいところに住みたいと、定年の何年か前から長崎や鹿児島など海が近い都市を尋ねて「ついのすみか」を探していたそうです。その頃、伊予銀行の香港支店長に勧められていた松山市を見に来たらすっかり気にいって、まだ退職まで2年もあるのにマンションをさっそく購入して準備されておりました。

 退職後、松山に来られてからは、海外生活が長かったこともあって、最初のころは、共通感覚のギャップがあって、いろいろトラブルがあったようです。その一つに、松山に来てから北海道旅行に行って、「蟹」をお土産に小樽から松山に宅急便で発送したのだそうです。帰った翌日には松山でお世話になった人達を招待して自宅でパーティーをする予定で、それに間に合うかどうかも確認したそうです。

 パーティーの当日、いくら待っても「蟹」が届きませんでした。せっかくみんなで蟹を食べようと集まっていたのに残念な結果でした。宅急便会社に電話を入れて「どうなってるんや」とこれまでのいきさつを説明して抗議しました。結局、札幌の集配センターで迷子になっていたようでした。実際にどのようなやり取りがあったのか解りませんが、その宅急便会社は、(1)新しい蟹を送る(2)パーティーに参加した人達全員に宅急便会社の不手際でパーティーを台無しにして申し訳ありませんでしたという詫び状を発送(3)宅急便会社の北海道支店長が松山までお詫びに来た(4)北海道旅行で不愉快な思いをさせたのでご夫婦を北海道旅行に招待した、といった対応策を取り、やっとその件は収まったそうです。
 欧米の契約社会で仕事をされて来た方ですので、契約不履行や顧客対応には手厳しいところはあったかもしれませんが、決してゴネ得といったたぐいの話ではなく、宅急便会社はめったにない突っ込みに困ったであろうことは想像にかたくありません。普通の日本人なら、まあ遅れることもあるよねと済ましてしまったかもしれません。きちんと仕事することとかお客さまのことを考えることやトラブル処理の方法など、いろいろこちらも考えさせられるお話でした。

初めて狸を動物園以外で見ました
 松山では狸の話を良く聞きます。松山の市役所前にある「お狸さん」のやしろは、赤い鳥居があるので一見して稲荷神社で狐をまつっているのかと思うけど(私も最近までそうと思っていました)、そうではなく「お狸さん」なのです。詳しくは以下のページをご覧ください。
▼お袖狸で有名な市役所前の「お狸さん」
http://home.e-catv.ne.jp/kaori/tanukikai/osode/osode.htm

 札幌の狸小路商店街と松山の商店街は狸が縁で姉妹商店街提携をしています。そのいきさつについては、「いよ狸サロン」のホームページに詳しく書いてあります。
▼いよ狸サロン
http://home.e-catv.ne.jp/kaori/tanukikai/yamaoka/yamaoka.htm
▼札幌狸小路商店街
http://www.tanukikoji.or.jp/about/
▼伊予たぬき伝説
http://www.city-matsuyama.net/spot/tanuki/

 前置きはこのくらいにして、先週の土曜日に夕方から先輩の山荘におじゃまして積もる話をして飲みました。山荘は松山から車で1時間くらい三崎半島方面へ海岸沿いの道を走り、そこから山に少し上がったところにあり、山も海も楽しめるというところです。尋ねて行った時に、その先輩が、魚肉ソーセージや食パンの耳といったものをベランダから投げているので、「なんですか?」と聞くと、「たぬきのえさや」と言うのでよく聞いてみると、この山荘は傾斜地に建っているので、ベランダから地上までは4、5メートルあるのですが、そのベランダの下に「狸」がやってくるというのです。
 その餌のあるところだけが明るくなるようにスポットの電気を付けて、すきやきを食べながら暗くなるのを待っていました。それらしい気配を感じて、忍び足でベランダから覗くと、はたして、狸が2匹餌を食べているというか、餌を拾って木陰に入り込んで見えなくなるがまたしばらくすると餌のところに現れるというのを繰り返していました。
 動物園以外でほんものの狸を見たのは初めてでした。上からみると猫のような感じでしたが、先輩の話では、冬には毛が伸びてまるまるしてきて狸らしくなるのだそうです。

 この先輩の松山の自宅には以前、何年ものあいだ庭に狸が現れ、毎日のように食べ物をやっていて家の中まで入ってくるくらい慣れていたという話を聞いていたのですが、なるほどこんな感じなのかと納得した次第でした。後で、自宅に来ていた狸の写真をたくさん見せてもらいましたが、まるで「飼い狸」のようにどアップで写っていました。フラッシュなどは気にしないそうです。なかなかかわいいものです。狸はまだたくさん郊外や山の中には生息しているようです。 狸がペットにならなかったのは、体臭がきつかったからじゃないかなぁ、と先輩は言ってました。

 春ころにこの山荘に伺った時は、野鳥(鳥の名前は忘れました)が飛び交っていて、テーブルの上にピーナツやひまわりの種を置くと、テーブルの上までやって来て、食器にとまったり、人の頭や肩にもとまり、ひまわりの種を袋から出そうとするとその手にとまってくるという馴れ馴れしさでした。手にひまわりの種を持っていると手にとまってそれをつつきます。こんな近くに野鳥を見るのも初めてだったし、しかも野鳥と目が合うのです。

 日頃、街の中にいるとそんな自然のことなど気にならないのですが、ここに来ると昔の人の生活はこんな風に生き物とのふれあいがあったのかなと思ったりします。いっぱいリフレッシュして帰りました。

世界料理オリンピックと洋風砥部焼
 昨年の10月、ドイツ、チューリンゲン州のエアフルトで「第21回世界料理オリンピック」が開催され、日本からは各地域が持ち回りの参加で、この時は関西・四国ブロックの担当でした。四国から出場したナショナルチームは銀メダルを取ったそうです。(四国チームのうち愛媛からは、レストラン門田 料理長 門田征吾さんが選手のリーダーとして参加し、国際ホテル松山料理長の清家修平さん、今治市のケーオーホテル シェフパテイェ佐野栄一さん、新居浜市のベイサイドレストラン ブラン・ブルー シェフ 篠原伸明さんが参加)また、個人として出場したレストラン門田のシェフ橘昌樹さんも銀メダルでした。
▼レストラン門田 昨年の受賞記念感謝フェアの時のページ
http://www.kadota.co.jp/menu_kinen.html

 この世界料理オリンピックの前に、門田さんから砥部町の大西陶芸に、世界料理オリンピックで使う食器を作ってほしいと依頼があり、大西陶芸が丸皿やスープ皿など洋食にも合う感覚の砥部焼の食器を作って提供しました。それらのお皿にのせた料理が見事銀メダルを受賞したことがきっかけとなって、愛媛県窯業試験場が新しい洋風の砥部焼作りに乗り出したわけです。
 砥部焼は松山市の郊外の砥部町の特産でたくさんの窯があります。ご存知の方もあると思いますが、分厚い感じと藍色の模様のある独特の陶器です。
 愛媛県窯業試験場が昨年松山市の飲食店を対象にアンケートを取ったところ、レストランや喫茶店などの飲食店のうち81・4%が砥部焼の食器を使っていないという結果がでました。
 理由としては、重い、絵柄が洋食に合わないといったものでした。それで、もっと軽く洋食にも合う砥部焼を開発しようと愛媛県窯業試験場がいくつかの新しい砥部焼を試作しました。重さは2/3くらいで、白地もいままでのよりか白く絵柄の色も鮮やかな色にして洋食にも合うものです。これから「洋風砥部焼」は砥部焼の新しいメニューになるかもしれません。

愛媛新聞の2005年9月3日付けの記事には、
これらの器の制作にあたった大西光さん(64)と白石久美さん(39)は、こう話しています。「砥部焼は重くて厚いのが当たり前、という認識が作り手にもありました。砥部焼が特定分野で使われていないということは、『使ってもらえる』状態ではないということ。広く使ってもらえるよう、作り手が変わるときがきたのかもしれません」
と書かれています。

 いろいろ参考になるお話です。

海洋深層水とアトピー
 長年アトピーがひどかったお客さまがおられて、いろいろな治療を試されたようですが、症状が改善されないとのことでした。最近お会いしたら、すっかり直ってきれいな肌になっていたので、どうされたのか聞いたら、「海洋深層水ですよ」とのこと。 これまでに、ご飯も玄米だったり、さまざまなアトピー改善策をされているわけですが、海洋深層水のおかげで直ったのだそうです。

 海洋深層水は、まず(1)一日、2リットルの海洋深層水を飲む、(2)毎日一回海洋深層水に身体を浸す、の二つだそうです。海洋深層水のお風呂に入ればいいのでしょうが、水の値段が高くそうもいかないので、ビニールのゴミ袋の大きなものを二つ組み合わせて水が漏れないようにし、そのなかに海洋深層水2リットル容器2本の水を入れます。そしてその中に自分自身が裸になってその海洋深層水の入った袋に入り込み、首のところを水がもれないようにして、横になってごろごろ転がるということをしたそうです。

 それを半年近く続けていたら今のようにきれいにアトピーがなくなって普通の肌になったそうです。少し高いけど沖縄の海洋深層水がいい、と言ってました。ステロイドは副作用や後遺症が心配なわけでお医者さんも最近はあまり使わないといった話を聞きます。アトピーにしろ免疫系は身体の中の仕組みを直さないといけないわけでこの海洋深層水というのも一つの選択肢になるかもしれません。

 そうこうしていると最近、ガンにも効くと、奥さんの妹が「日田天領水」なるものを勧めてくれました。「日田天領水は余分な活性酸素を除去する活性水素を多量に含む天然活性水素水です」ということで、身体の中の活性酸素を取り除いてくれて、老化も防ぐし、免疫系も良くなるという話でした。実際、「日田天領水」はマスコミでも取り上げられ、ちょっとしたブームになっています。それで、わたしも2リットルボトルを1ケース注文して飲んでいます。

 ところが、最近、次のようなニュースが流れて、その活性酸素悪者説もあやしくなっています。
老化に活性酸素関与せず 日米チーム、従来の説否定」(共同通信、2005年7月15日)
「活性酸素がなくても老化は起こりうる」ということらしいです。まだ解らないことが多いですが、少しずつ解明されていきますね。
甘いみかんやフルーツトマト・・・
 愛媛県では、温州(うんしゅう)みかんが栽培されていて日本一の生産高です。
また、アメリカへも空輸されて“テーブルオレンジ”の名称で売られています。みかんは普通はすっぱいわけですが、最近は、消費者が甘いみかんを望むこともあって、「甘いみかん」作りが研究されています。現在でも、特別な地理的条件にめぐまれているところは甘いみかんが生産されています。
 愛媛県八幡浜市の南西部海岸にあり座敷いっぱいに豪華な雛飾りをして桃の節句を祝う、座敷雛でも名前が知られている「真穴地区」で生産される「真穴みかん」は、愛媛県のみかんでも酸味が少なく甘いみかんとして有名で市場価格も高価です。真穴地区は「段々畑と潮風」という条件で甘くなるという話です。

 甘いみかん作りの一つとして、「後期重点摘果」という方法の普及が最近始まっています。通常は、一つのみかんの木で最適な数のみかんになるように余分なみかんを、まだみかんが緑色で小さい時に摘み取りますが、この「後期重点摘果」というのは、その摘果の時期を1、2ヶ月遅らせて、みかんの木の潜在能力を引き出す方法だそうです。摘果を遅らせることによって、みかんの木にたくさんの実を成らさなければいけないからがんばらないといけないと思い込ませ、みかんの木の葉の光合成の活力が増大したころをみはからって、通常の摘果をするそうです。それを取り入れた農家のみかんは、通常の1.5倍くらいの糖度になり、市場でも1.8倍の価格で取引されたそうです。

似たような話で、高知の徳谷トマトがあります。トマトの畑が台風で塩水をかぶって、もう畑もだめやとあきらめかけていたのだけど、いっぺん植えてみようかとトマトを栽培した結果、実に甘いフルーツトマトが出来たという偶然の産物だそうです。土壌の条件が悪いとトマトも子孫を残すためできるだけたくさんの栄養分を実に注入しなくてはと思って、結果として甘いおいしいトマトができたわけです。

徳谷のトマトのいわれは、
昭和45年8月。高知市は台風10号の直撃を受け、記録的な大雨と高潮で江ノ口川の堤防が決壊。畑は海水が流れ込み、塩の湖のようになったそうです。 補修が済むまでの1ヶ月以上も浸かり、海水が引いた後の畑には強い塩分が残ってしまい植物は塩分の強い水を吸い上げれないので、トマトの木も50cm以上育たなくなり実も大きくならなくなったようです。ところが、結果的にその小さい実に糖度が凝縮したようなかたちになって、濃厚でミネラルバランスの良い甘いトマトが出来ました。
ということなのだそうです。
http://www.rakuten.co.jp/chokuhan/301498/410526/

 稲も米の収穫の前は、水田の水を抜いてしまうのはお米を美味しくするための手法で、稲は水がなくなったから大変だと思い、一生懸命養分を稲穂に蓄えようとするわけです。そうやって充分蓄えられた頃に、刈り取るわけで、しかたないですが、人間は罪なところがあります。

 これら「みかん」「トマト」や「稲」の話は、人間も「かわいい子には旅させよ」といったことわざに代表されるように、環境のいいところでだけ育った人は『おいしくない』し魅力が無い、悪条件下で奮闘した人にはそれなりの魅力がでてくるというのにも通じますね。